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岡山で「認知症の人と家族の会」の代表として、ご活躍されている妻井さんと、現在の日本の福祉についてお話ししました。
お母さんを介護され、ご自身もまた高齢期を迎えつつあると話される妻井さんの「当事者」としての熱い意見をお聞きしました。

妻井さんプロフィール(←クリック)

2.生活の場

剱持

2002年に亡くなった外山先生はお年寄りの立場にたって研究された最初の建築家です。ご存知ですよね?
私は佐々木先生との仕事のなかでスウェーデンや外山先生たちとの関わりの中で、施設は施設ではな
く住まいであれ!ということを叩き込まれました。また、スウェーデンでは王立大学主任研究員のソルベイさんに、当時計画していた老人保健施設の照明プレゼンを見せたときに・・『どうして、自分を大切にしてくれる人たち、たとえばお母さんに住んでもらう気持ちで、どうして設計できないのか?』
と強く言われました。衝撃を受けましたね。そのときからですかね?『思いを強く意識するようになったのは・・』

まず、炉辺の家です。平成7年ですのでかなり前ですね。
これはスウェーデンから帰って、住まいを作れといわれて設計したGHです。僕はもともと住宅設計出身なので、大変うれしかった。それで、外山先生のところに行ってレクチャーを受けて設計しました。
しかし・・実はあまりこれ良くないんですよ(笑)というのもリビングから外があまり見えないんです。狭い中庭しか外が見えないんです。

妻井

いやぁ、はじめて見たときはびっくりしましたけどね~トイレと棚、出窓があるし。関心しましたけどね。ただ、台所スペースが小さくて苦労するかなと思いました。

robata

剱持

いや、さらに良くないのが、ここの台所は閉じられているんです。当時は狭いスペースしかリビングとの繋がりがなかったんです。また、カウンターの向こうがキッチンでキッチンに向かう通路の幅がとても狭い。まだ、その頃はキッチンに認知症の人が入るといけないという先入観があったんです。いまはどんどん開放的になっていて共同作業するスペースが必要とだんだん考えが変わっていきましたけど・・・
だから今から8年ほど前に『炉辺の家』はマイナス部分を見直し改造したんです。

妻井

でも、玄関の横の棚が良いし、出窓が良いと思った。家らしさとか、生活感とか・・よく考えていると思うけど・・ほんとうに設計の基本は個室・便所・出窓だよ。これが必修アイテム。

剱持

しかし、建築費が高くなりますが・・・

妻井

それをうまく工夫して、価格を下げるのが、設計士たち(廻りをぐるりと見渡す。)の役割でしょ。もっと、もっと貴方たちがいろんな意味で頑張らないとだめだよ。貴方たちががんばればなんとかなるんだよ。

剱持

そうですね。がんばります。(笑)
ちなみに出窓を設けるように最初に言われたのはやはり外山先生ですね。出窓をつくることで生活のしつらいを重視しているんです。

次はGHふるさとです。ここでは炉辺の家の経験を踏まえ、共同作業が出来るようにキッチンをオープンにしました。実際に、ここにある写真のように調理ができるおばあちゃんがよく作業をしていました。また、居室にアルコーブを設けてその人らしさを醸し出せるように入口の雰囲気を出しました。
そして、ポイントはリビングから外が見えるんです。ここは隣の家の屋根がリビングから見えるようになっています。普通の生活では外が見えますよね?外に対して開放するということを意識しています。

妻井

縁側というものが日本にはあるでしょう?これが決定的に大切な場所なんです。これが内と外をつなぐ大事な役割を担っていたんです。お客を招いて、お茶を出したり、情報交換の場所だった。

日本は絵画にしても死と生がつながっている概念が浸透しています。客観的な世界と主観的な世界が融合している。ハード面では縁側なのに、日本は断ち切ってしまった。

剱持

これは今進めている新しいプロジェクトです。広縁が共同生活室に付随しています。香川の坂出です。広縁の隣に談話コーナーもあります。初めて広縁を施設で計画しました。個室以外にもいろいろな居場所を設けています。居場所づくりはもっとも大事です。ユニットのなかでも顔を合わせたくない人もいますしね。逃げられる場所が大事です。

妻井

個室を含めると4ヶ所の居場所があるんですか。これは面白そうですね。ここならば快適な生活が出来そうだ(笑)

剱持

最初は廊下に畳をひくという意見もあったんです。最終的には廊下と並べて広縁をということになりました。
でも施設は履きだし窓など危ないという意識があるんですよね。

sakaide

妻井

たしかに居室は危険かもしれない。でもどこかにそういうゾーンがあるべきでしょう

剱持

ぼくの場合は居室も履きだしですけどね(笑)
僕は昔、GHに泊り込んで調査をしたことがあります。24時間、居住者の方の背景などもお聞きして、建物の様子を観察しました。家具の位置や人の動きなどをね。

そこで気づいた不思議なことは玄関に鍵をしていなかったら、居室からは外に出ないことです。玄関から自由に外に出られないと自分の部屋から外に出ようとするんです。ただし僕の知っている限りですけど・・

妻井

それは興味深い今度ゆっくり教えてもらわないといけないな。

(図面をみながら)これは新賀?ちょっとリビングが狭いね・・・

剱持

確かに9人ユニットでは狭いですが・・・
これは4人や5人の世界ですからね。でも工夫していましたから、いい空間になっています。

次のこれはきのこ老健をユニット化したものです。

妻井

これはこれで革命的だったなぁ~しかし、年寄りの立場から言うとやっぱり僕としてはGHの方のような小単位ケアが良いんです。老健などの病院風の施設は年寄りの劣化が早い。介護する側も車イスに依存しがち、GHはハードが年寄りを守る。明らかに年寄りにとっては良い。私ならGH、せめてユニットケアを実践している施設にしてくれと書いている。

病院なんかでも帰りたいって言いますよね?病室でもなんでもそこは生きるステージなんです。病院は部分治療なので、そこだけ治すための場所。生きている実感を得られる場所ではない。その実感が実は大事でこれからの介護のテーマにならないといけない。
病院は部分パーツを治すためで人間を治す場所ではないのです。がんや怪我は治しても、縛り付けて管理しているから他が悪くなって帰ってくるみたいなことです。人間全体でみると劣化している。
これは医療の不法行為だとして、名古屋地裁で判決を待っているところです。縛りつけをやめるべきか?やむをえないのか?という争点です。
長期的にみると人間を治すことが重要だと思うのですが・・・

kinoko_roken

剱持

僕がGHに泊まろうと思ったのは、やはり認知症の人を知らないと設計できないと思ったからです。スウェーデンに行ったことで先入観などは無くなりましたが、やっぱりどういう生活しているか見たい。それがわからないと先に進めないという状況といおうか・・追い詰められた思いでした。

GHに泊まったとき、おばあちゃんで昼間ボゥ~としている人が居たんですが、食事が済んで洗い物をする段階になると、パッと目を開いてシンクの前に立つんです。僕が自分の食器を洗おうとすると「男が台所に立つな」と怒られました。あれにはびっくりしました。本当にその後ほとんど・・全ての人に近い食器を黙々と洗っている姿が今でも焼きついています。あれは、あのおばあちゃんの生きがいであり役割だったんですね。

妻井

そういう発見があるんですね。専門職でもその人のことを「できなくなった人」と判断してしまうんです。
認知症の障がいに物忘れ・記憶障がい、場所や空間時間が分からなくなる見当識障害、そのなかには慣れた仕事ができなくなったり、人が変わったようになるという症状があります。僕がそのなかで一番重要なものは見当識障がいのなかにある「失語」だと思っています。
実は一番やっかいなのは失語なのです。
僕は毎日、女房に「おい、あれ持ってきてくれ」と言う。女房は分かっているから新聞をパッと出す。これが実は最大のケアの真髄なのです。
認知症は感じていることがあっても言語化できない障害で言いたいことが言えない。それがわかってあげられるのがケアの本質なのです。

今までの介護には盲点がたくさんあります。

剱持

利用者の方が洗い物をされるケースですが、強制は絶対だめですが・・それが生活リハビリにもつながるんですね。

また、GHで一緒に生活していて気づいた点で、食事についてなのですが、芋の煮っ転がしよりカレーが好きなおばあちゃんが多いんです。あれは不思議でした。お年寄りは昔のことが記憶のメインだから煮物と思っていたら違うんですよね。

妻井

そうですか。たぶん、感覚障がい、視覚障害などやられた障害の場所によって違うんでしょうね。味覚もなにかあるのかもしれない。
よくいうのは痛みを感じなくなるとか・・・でもそれも人によって違うと考えるほうが良いでしょう。
固定化して分からなくなった人というレッテルを貼ることが良くないということが分かっているのです。しかし、よく考えたらカレーやオムライスは大正時代から美味しい美味しいと日本では好まれて きたから・・そうでなく当時から食べたくてあこがれの食事だったのかもしれないなぁ~

剱持

あこがれだが高すぎてなかなか食べれなかったものですよね。

妻井

そういえばスウェーデンに行ってGHを見学に行ったときに、GHで部屋で作っていないところもありました。
この点は日本が優れていると思うのですが、日本のGHはたいていユニットのなかで食事を作ります。

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剱持

それでも食材調達からすべてつくるのは半分くらいではないですかね?
どうしても難しくて、たまにレトルトだったり、食事専用のパートさんを雇ったり、特養の厨房から運んできたりして対応する部分もあるでしょう。
ただし、今後施設経営で食というものは大変重要なファクターになるのではないかと思います。

妻井

食は本当に一番楽しみなことです。たしかに施設によっては天ぷらの芯が冷たいようなこともあります。レンジでチンです。『食費を取ってこれぐらいかと・・』
ただ、関心するようなGHも多いですよ。
たとえば新賀のスタッフが作る食事は最高でした。冷蔵庫の余りものでつくる料理がとてもおいしいんです。食べ物のおいしさは絶対ですね

東北に旅行したときにおいしい料理を出す旅館に泊まったことがあります。吸い物など抜群の美味しさでした。たまたま2泊したのですが、毎日違う料理を美味しく頂いて、これが年取った人間の楽しみだと思いましたよ。食い物が一番幸せなんです。

剱持

では建物にいきましょう。
まず、専門的な話ですが、僕ら建築家はこのようにグリッドを決めて設計することが多いです。RCや鉄骨はとくにですね。
すると、このような図面になります。すごく細長いですね。うなぎの寝床のようです。これは住まいと考えた場合、心地良い空間なのでしょうか?
うちはまず心地よい空間をつくります。それから柱を入れる設計の方法をとっています。RCの建物では難しいんですけどね。(笑い)

さらに、居室の寸法のほかに居室内の収納や家具配置についても考察を重ねるべきです。

 

グリッド平面

妻井

居室の畳の中のフローリング張りはどうしてこうなっているの?

剱持

これは車イス対応を考えてです。
利用者の方は南向きとかそういうことを重視しているんですが、スタッフの方は介護のことを考えて部屋を決めていきます。ここは車イスの人の部屋がいいかな?という具合にです。ただ、あまりうまくはいっていないかもしれません。かと言って日本人になじみある畳文化を介護側の都合で全てフローリングにしたくありません。GHに入る利用者は在宅から入る割合が多いので、自宅で布団の生活をしている人も数多く居ます。かれらの生活スタイルを尊重する意味でも一部畳部屋には拘りたいと思っています。
しかし現実的にはお部屋と利用者と利用状況がはまれば一番いいんでしょうが・・スリッパを置く場所になったりもしています。

それから、ちなみに居室の比率は4:3になっています。

妻井

4:3?

剱持

畳6帖の比率です。これが住み心地良い感覚なんです。

やはりうなぎの寝床ではだめなんです。日本人は6帖とか8帖もしくは4,5帖の空間に慣れ親しんでいます。やはり、その比率で空間構成するほうが住まいとして安心感を与えることになると思うのです。

 

kyositu

妻井

なるほど・・日本の文化を大事にしているんですね。この入口のつくりはどうなんですか?
いろいろなデザインにしてますね。

剱持

木製建具は隣の部屋と対面はデザインを変えています。炉辺の家のときは全て同じ格子戸のデザインにしていて入居者が迷うといわれました。それから僕はGHでは全てのデザインを変えるようにしましたが、最近では全部はやりすぎかもしれないですね。しかし、畳のお部屋はそれらしく、フローリングのお部屋はそれらしく作ることが必要でしょう。

ちなみに東京都では消防の指導が厳しくて扉を防火戸にしろというんです。つまり鉄の扉です。まったく住まいの雰囲気が壊れてしまいます。病院になってしまいます。
麹町でやったときは消防署と2年間協議しました。(笑)
結局、個室の入口は不燃材料ですが、木製建具にしました。また、30cmくらいになると自動的に閉じるような仕組みにもしました。本当はしたくなかったのですけど・・・

地方だと建築基準法と消防法さえ守ればなにも言わないんですけどね。(笑)